こわれた福島第一原発からの放射能とわたしたち

2011年春、東日本大震災の直後、神戸の友人の家で友達数人とすごしているとき、福島第一原発が爆発したとのニュースがはいってきました。東京に娘さんがすんでいる友人の一人がすぐに知人に電話で状況をきいたところ、その知人はすでにアメリカからの情報を得ていて、原子炉がメルトダウンしているとしらせてくれました。そこでその友人はすぐに娘さんに新幹線で神戸に帰ってくるように説得し、娘さんはそれにしたがいました。それから、きっと非常におおくのひとたちが関西方面にのがれてくるだろうと、そのときにそなえて、わたしもじぶんの家を仮の宿に提供することにし、できる手助けをみんなで開始しました。ところが、実際にすぐにのがれてきたひとたちは数家族で、それぞれさらに西のほうにのがれていきました。わが家にはテレビがないので、ニュースをインターネットで追うと、わたしたちがすでにアメリカをとおして得ていた情報と政府が発表している情報がずいぶんちがいます。政府や東京電力の発表、テレビニュース番組の解説などは、基本的には、いますぐの危険はないので心配いらないということでした。ところが、アメリカからの情報や、わたしが自分でインターネットでしらべた情報を総合すると、福島第一原発の爆発と崩壊は、原子炉の破壊と炉心のメルトダウンと、それにともなう想像を絶する放射能の放出が進行している極めて危機的なものでした。その時点で、政府、電力会社、学者、マスコミが、これほど重大な事実を、わたしたちみんなにしらせないこと、それどころか、実際におこっていることを隠し、うそをつき、わたしたちが危険からのがれて安全を確保することを妨げることに全力をつくしていることに、非常におおきな衝撃をうけました。ところが、ときがたつにつれて、そのことよりももっとびっくりする事態が生じてきました。それは、福島県のひとたちををはじめ、ひじょうにおおくのひとたちが、この現在も進行している大災害にたいして、様々な、そしてあらゆる方法で、真剣にとりくんでいくということを、させないようにしていることです。いちばん端的なのは、福島第一原発由来の放射能汚染について話すことが、非常につよい力で抑圧されていることです。非常におおくのひとたちによって、それについて話すこともできないという雰囲気をつくりあげていることです。

 放射能放出と放射能災害は、いまもかわりなくつづいています。そして、放射能による被害は、日々刻々と現実に目にみえるようになってきています。できるだけはやく、いまでも、東日本の放射能で汚染されつづけている土地から、みんなが逃げてほしいとおもいます。それには、日本中の、いや、世界中のたすけが必要です。

 いまも日々継続しているものすごい放射能放出にたいして、わたしたちはいまよく考えて行動しないといけないとおもいます。そのおなじ考えと行動が、いまはじまろうとしている、あるいは、もうすでにはじまっている第3次世界大戦争をとめることができるかどうか、ということとも直接つながっているのですから。