かみさま ほとけさま

わがむらにある大歳神社。むらのひとたちは境内を定期的にに清掃し、そして、ふるくからのむらのひとたちの家族は、当番で、順番に神社を清掃し、清めています。

わがむらのお寺は慶雲寺という臨済禅宗のお寺で、むらの丘の頂き付近にたっています。元旦には、わたしはこのお寺と神社におまいりして、新年のお祝いをします。

 いまでも「かみさま ほとけさま」と、おいのりし、救いをもとめるのでしょうか?わたしのこどものころは、「かみさま ほとけさま」という文句は日常的にみんなにつかわれていました。この「かみさま ほとけさま」という文句が日頃わたしたちにつかわれているかどうかにはかかわらず、かみさま、ほとけさまは、いまもつねにわたしたちとともに日々のくらしのなかでいきています。

 

 さて、最近非常に気になっていることに、第2次世界大戦、太平洋戦争のころの、そしてそれらの戦前の、国家主義的な全体主義の思想が、日常の生活のなかに非常に強い力でひろめられてきています。そのときに、日本に住む、日本列島にいきている、わたしたちのかみさまやほとけさま、心や文化、くらしかた、ひとやしぜんとのかかわりかた、などが、国家神道や天皇制や全体主義とむすびつけられて宣伝されています。

 

 たとえば、日本文化といって、桜の花と着物姿の女性の写真をそえて、これらが(天皇を中心とした)古来からのうつくしい日本文化であるように宣伝するというようなことです。そして、ひとびとが平等に平和にくらす民主主義は、これらの日本本来の文化や生き方に反し、それらを壊すものとして、ひだり、とか、左翼などというほとんど死語になっていることばや、戦前の非国民のいいかえである反日といったことばで非難されています。

 

 けれども、こころしずかに考えてみると、日本の文化は、もっと深く、もっと広く、もっとふるい土台をもっていて、わたしたちのこころは日本列島の自然といきものと、太古のむかしから、縄文時代やそれよりももっとむかしから、現在に至るまでずっとつづいて、むすびついてきているものです。わたしたちの「かみさま ほとけさま」という文句の芯には、神社や仏閣それ自体であらわされているといわれているものではなくて、自然と一体となっているわたしたちのふかい太古からの信仰心があるとおもいます。

 

 神社に行って、二拝二拍手一拝などという現在のしきたりにしたがってそれぞれの神様に詣でることは、それは形式なのでそれでいいとおもうけれど、そのおくに、たとえばその神社がたてられたもともとの山に、そのもともとのかみさまがおられることや、山自体がかみさまである、そういう歴史があることにおもいをいたすと、わたしたちのこころは、すっと、太古のむかしからのかみがみやあたらしいほとけさまたちにむすびついていきます。

 

 そのように感じると、たとえば伊勢神宮にお参りしたとして、伊勢の山々と海の神々の息吹を感じ、知ると、明治以来政府によっていまも宣伝されている天照大神やその子孫といわれる天皇による政治制度が、いかに日本の神々、そして、太古からつづいているわたしたちの自然とのむすびつきをあらわしているわたしたちの信仰を、ゆがめているかが、体得されるでしょう。わたしも伊勢神宮の神々におまいりをします。けれど、日々のおまいりにも、天照大神(あまてらすおおみかみ)さまとよばず、天照(あまてる)さまとよんでいます。それは日本書紀や古事記に語られている天空の支配神ではなくて、もともと日本にはばひろくあらわれていた太陽神としての、そして人神としての先祖神々のひとり、アマテルさまなのです。

 

 ちなみに、日本神話といわれている非常にせまいものがたりから政治性をとりのぞき、自然そのものにふかくあらわされている日本の神々というわたしたちのこころにずっとつたわり現在もいきている信仰心をあらわすおはなしにもどし、それをこどもやまごたちにはなしてきかせることがたいせつにおもいます。

 

 そうです。神社が日本会議や天皇制と結びついて、日本人の信仰心をゆがめ、日本にいきるわたしたちを支配しようすることに反対し、政府をはじめ権力による全体主義に反対するのは、西欧思想や左翼思想にもとづくのではなくて、千数百年まえに日本のひとたちを支配しはじめた思想と政治体制をやめにして、日本列島の自然といきものたちとともにおおむかしからつづいてきて、いまもいきている、日本のこころと信仰心にもとづいて、かんがえ、行動することなのです。

 

 日本のこころ、それは、天皇制を信奉する全体主義のひとびとのものではありません。日本の自然、それは天皇制全体主義のひとびとのものではありません。日本人の文化、それは天皇制全体主義のひとびとのものではありません。それは、日々を平和にくらし、おたがい助け合って、日本の自然の中でいきているわたしたちのものです。日本国憲法で権力からわたしたち自身を守っているわたしたち自身のものです。